カンボジア貧困
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【カンボジア貧困】カンボジア王国(カンボジアおうこく)はインドシナ半島にあり、ベトナム、タイ、ラオスに接している東南アジアの国家です。首都はプノンペンです。近隣の国とは陸続きであるが、国民の90%以上がクメール人(カンボジア人)です。言語はクメール語(カンボジア語)、宗教は仏教(上座部仏教)です。【カンボジア貧困】
【カンボジア貧困】この国の中心には国際河川の大河メコン川が流れ水運をになっています。主食は米で稲作農業が盛んです。この国の中央付近にはトンレサップという大きな湖があり、その北方にはクメール文明の遺跡として世界的に有名なアンコール・ワットやアンコール・トムといったアンコール遺跡(1992年、世界遺産登録)が存在します。【カンボジア貧困】
【カンボジア貧困】シハヌーク国王のもとで独立後、ベトナム戦争が起きると、国内は不安定となり、アメリカと南北ベトナムが介入し内戦状態となりました。1968年には米軍の空爆が始まり、1970年にはロン・ノルのクーデターによりシハヌーク国王が追放されました。内戦は一層激化し、空爆がカンボジア全域に拡大され数十万人が犠牲となると、クメール・ルージュ勢力の伸張をまねきました。【カンボジア貧困】
【カンボジア貧困】1975年、極端な共産主義を掲げるクメール・ルージュの独裁者ポル・ポト政権が成立しました。1979年までに、旱魃、飢餓、虐殺などで100万人以上とも言われる死者が出ました。(虐殺の数については5万〜330万と諸説あり)。1979年にベトナム軍が侵攻しポル・ポト政権を打倒しました。その後ポル・ポト派含む三派とベトナム、ヘン・サムリン派との間で内戦が続きました。【カンボジア貧困】